『響け! ユーフォニアム』

音楽アニメ。

公式サイト
響け! ユーフォニアム - Wikipedia
響け!ユーフォニアムとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2015年。武田綾乃著の小説『響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』のテレビアニメ化作品。全十三話。監督は石原立也。アニメーション制作は京都アニメーション。全国大会出場を目指す吹奏楽部に所属する高校生の姿を描いた青春ドラマ。京都府が舞台だが、登場人物は全員標準語。京都弁バージョンも作って欲しいなぁ。

・音楽


 本作がどのような作品であるかを詳しく紹介するより、同制作会社が手掛けたアニメ『けいおん!』を紹介する方が早い。『けいおん!』は、とある高校の軽音楽部を舞台にした日常系音楽アニメである。主人公は軽音学を「軽い音楽」のことだと勘違いして入部した初心者の女の子。他の部員は彼女と同じ一年生の女の子三人だけ。彼女達はそれほど音楽が好きではなく、ほとんど練習をしないでいつも部員と一緒に放課後のティータイムを楽しんでいる。それでも文化祭には出場したいということで、自ら作詞・作曲・編曲した歌一曲だけを携えて舞台に立つ。ちょっとしたトラブルはあったが、なぜか演奏は大成功。観客から喝采を浴びる。そして、主人公は中学時代の怠惰な自分を振り返って思う。「軽音部が大切な場所」だと。これが『けいおん!』の大まかな筋であるが、『響け! ユーフォニアム』はその『けいおん!』を何から何まで正反対にした作品である。共通しているのは、主人公が女子高生であることと音楽を題材にしていることと番組開始時はあまり音楽に対して真摯ではなかったことだけ。最初はやる気のなかった本作の部員達も、物語の途中で本気で全国大会を目指すようになり、日々の厳しい練習に明け暮れる。当然、その過程で部員同士の衝突も生まれる。だが、その結果、徐々に演奏が上手くなっていき、最後には大きな舞台で成功を収める。つまり、努力と根性が主体の青春ドラマであり、何の努力もせずにヒーローになれる夢の世界を描いた『けいおん!』とは思想を真逆にする。監督が違うとは言え、同じ制作会社の同じスタッフが作っている映像作品で、訴えているテーマが180度違うというのも珍しい。意図的に作っているならまだしも、無自覚ならダブルスタンダードというレベルではない。自分達は分別の付かない子供相手に商売をしているのだという自覚を持って欲しい。
 それはさておき、ご覧の通り、本作と『けいおん!』の最大の違いは「音楽」という物に対する向き合い方である。それは音響面に如実に表れている。劇中で奏でられる吹奏楽の演奏は、上手い演奏は上手く、下手な演奏は下手にと全てが具体的な「音」として表現されているため、非常に説得力がある。言い換えると、それだけの手間暇がかかっているということであり、極めて称賛に値する。ただし、それは諸刃の剣でもある。素人でも良し悪しが聞き分けられるということは、下手な演奏はとんでもなく下手だということだ。終盤、主人公の心の迷いを表現するために下手な演奏を流すのだが、それが本当に初心者レベルの拙さで、つい先程までの上級者設定はどこに行ったんだよと言いたくなる。新しいことに挑戦した結果の産物とは言え、マイナスポイントであることには変わりない。

・ストーリー


 京都府立北宇治高校吹奏楽部。十年前までは強豪校だったが、顧問教師が退任して以降は府のコンクールでも銅賞しか取れない弱小校にまで落ちぶれていた。そんなある日のこと、主人公達の学年が入学すると同時に新しい顧問が就任する。彼は着任早々、部員に向けて「本気で全国大会出場を目指すのか?」と問う。投票の結果、賛成多数になったことで、彼は指導を強化する。最初は厳しい練習に反発していた部員達も、彼の指導によって演奏が上手くなっている実感を得ると、自然と自分から努力を始める。そして、彼らは全国大会出場を目指して夏のコンクールに出場するのだった。と、このような感じで極めてオーソドックスな青春ドラマである。教師の指導法も、基礎練習の徹底と部員同士の競争原理の確立という基本に忠実な物だ。人物配置もセオリー通り、教師に反発する者、教師を慕う者、それに対抗する者、斜に構えている者、全くの初心者で右も左も分からない者、リーダーとしての素養に悩む者、一歩引いた所から眺めている者など一通り揃っている。そんな彼らが様々な視点で吹奏楽部を見つめる様は、これぞ群像劇というべき趣を醸し出している。
 その中でも一番注目すべきは、やはり主人公とライバルの特別な関係性だろう。二人は中学時代の部活仲間で、お互い楽器経験者という似たような立場でありながら、音楽に対する考え方が全く違っていた。中学校のコンクールで全国大会に出場できなかったことを本気で悔しがるライバルと、彼女に対して「本気で全国行けると思ってたの?」と冷めた台詞を吐いてしまう主人公。そんな二人が高校でも偶然一緒になる。最初はギクシャクしていた二人だったが、ライバルの音楽に懸ける熱い想いや新任顧問の厳しい指導を受けた主人公が音楽愛に目覚めたことで仲直りする。こういった性質の異なる人間が衝突を経て共通の目標に向かって突き進むという展開は、王道だとは分かっていても心を打つ。ライバルの使用する楽器が吹奏楽の花形であるトランペットで、主人公の使用する楽器が地味な低音楽器であるユーフォニアムという対比も良い。音楽、特に大人数で演奏する吹奏楽はまさに社会の縮図なのだろう。だからこそ、彼女達の言動には我々の気持ちを揺り動かす力がある。
 ただ、設定的にはちょっとしたミスがあり、新任顧問は有名音楽家の「息子」であって、彼自身には何の実績もない。当然、部活を受け持つのは今回が初めてで、ライバルが彼を崇拝する理由もない。それならそれで、彼が自分の方針の正当性について思い悩む展開が絶対に必要だ。せっかく、これだけの凝った設定を作ったのに、何とも詰めが甘い。

・下剋上


 さて、本作のストーリーは、吹奏楽部が夏のコンクールを勝ち抜いて関西大会に出場が決まったところで唐突に終了する。その先どうなるかはテレビアニメ放送分だけでは分からないが、話の流れ的には全国大会に出場するのだろう。このように、弱小校が短期間で努力を重ねて全国大会に出場する青春ドラマは、本作に限らず多数存在するが、実際のところはどうなのだろう。まず、必ず避けて通れないのは、弱小校の部員が上を目指して猛練習をしている間、強豪校はそれと同等以上の練習量を平気でこなしているという事実である。自分の知る限り、吹奏楽の全国大会常連の強豪校は、朝から晩まで基礎練習に明け暮れており、全体練習をするのはコンクール前の一週間ぐらいらしい。一方、北宇治高校吹奏楽部は、新任顧問の指導によりようやく基礎練習を始めたばかり。これでは十年立っても追い付けやしない。
 ここで分かり易く漫画『SLAM DUNK』を例に挙げよう。こちらも弱小高校のバスケットボール部が急成長して全国大会に出場する物語だが、弱小と言いながら、元々、部内には県トップクラスの選手が二人もいた。そこに全国レベルのスーパールーキーと元中学MVPが加わり、さらに全てが規格外のラッキーボーイが入部することで全国に通用するチームを作り上げた。つまり、「人材」こそが全てである。もちろん、彼らが苦しい努力を積み重ねたのは事実だろうが、その前提として優秀な選手がたまたま同年代に集中したという理由の方が大きい。しかも、バスケットボールは五人という少人数で行うチームスポーツである。一方、吹奏楽コンクールの最大編成人数は五十五人。これでは部員数が多い強豪校が圧倒的有利だろう。そう考えると、かなり非現実的なストーリーだと言わざるを得ない。
 それでは、吹奏楽コンクールにおける下剋上展開に説得力を持たせるためにはどうしたらいいのだろうか。やはり、人材の面である程度の素地がないと話にならない。その上で何らかの事情により実力を発揮できていないとする必要がある。例えば、それなりの伝統校で個人個人はそれなりに上手いのだが、合奏になると途端にダメになる。そこへ熱血顧問が新任して徹底的にチームワークを叩き込み、吹奏楽の全体的なレベルを上げる。もちろん、そのためには具体性があって実現可能なとっておきの「奇策」が必要になる。顧問教師が大会前に「会場をあっと言わせよう」と訓示するが、その前に視聴者をあっと言わせなければならない。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』風に言うと「イノベーション」だ。基礎練習を描くことは当然大事だが、それはあくまで大前提だと理解する必要がある。

・萌えアニメ


 以上、話の説得力の面で問題があるとは言え、本作は基本的にはよくできた作品である。作りが非常に丁寧で、青春ドラマとしてのツボを全て押さえている……が、決して面白くはない。冷静に考えると、努力を描くとか仲間同士の衝突を描くとかは青春ドラマでは至極当然のことであって、わざわざ褒め称えるような要素ではない。むしろ、何でその程度の物を持ち上げないといけないのだと情けなくなる。ゆえに、そういった部分を除いて見てみると、やはり目に付くのは脚本面でのつまらなさだ。主人公の友人や先輩がムードメーカー的な立場でいろいろと話を盛り上げようと頑張っているのだが、どれもこれも見事に滑っている。全体的に空気が平坦で、気持ちが熱く燃え上がるような展開もない。よくよく考えたら、これも当たり前のことだ。主人公は女性で、友人も先輩も女性。敵は女性で、恋のお相手は男性。ついでに言うと、原作者も女性。その行き着く先はベッタベタの「少女漫画」である。いくらオタクのジェンダーが女性化しているとは言え、そんな物を見て面白いと感じる男性視聴者はまだまだ少数派なはずだ。
 また、物語の途中で友人が主人公の男性幼馴染みに恋をするという展開が挟まる。どう考えても友情崩壊に繋がるような大事件だが、そのエピソードは二話程度で簡単に終息してしまい、何の後腐れも残らない。なぜか? それは、主人公の興味がその友人でも男性幼馴染みでもなく、完全に女性ライバルの方へ向いているからだ。主人公にとってはライバルと親密になることが最優先事項であり、実際、最終的に二人は体を触り合うぐらいの仲になる。要するに「百合」である。深夜アニメに慣れ親しんでいるとそれが普通のことのように感じるが、元来、百合は非常に特殊な恋愛の形であって、本作のような普通の青春ドラマでやることではない。門戸を狭めるだけだ。結局、本作は「萌えアニメ」であることが全ての足を引っ張っているのである。萌えアニメだから、女の子の可愛さを描くことに全力を傾けなければならず、結果、申し訳程度の百合要素を含んだ劣化少女漫画になる。萌えアニメであることに拘らなければ、もっと万人ウケする娯楽性の高い青春ドラマが作れただろうに。
 そもそも、本作をアニメ化する必要があったのだろうか。リアルな作画、リアルな音響、リアルな設定、リアルなストーリー、リアルな演出、リアルな感情描写、そこまでリアルに拘るなら最初から実写ドラマでやればいい。アニメ化するなら、アニメーションでしか表現できない物を作るべきだろう。特に、本作を制作しているのは、日本屈指の技術力と資金力を誇る京都アニメーションである。それが本作のような普通の青春ドラマを作っていては、宝の持ち腐れというレベルではない。本作はあくまでステップアップの場として頂いて、京都アニメーションの次の新作に期待したい。

・総論


 巨額を投じて普通の青春ドラマを作ったと考えると、無駄な公共事業のような味わいがあって良い。こういうことを書くと貶しているかのように誤解されますが、普通に褒めてます。はい。

星:☆☆☆☆☆☆☆(7個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:06 |  ☆☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑

『つり球』

スポ根。

公式サイト
つり球 - Wikipedia
つり球とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2012年。オリジナルテレビアニメ作品。全十二話。監督は中村健治。アニメーション制作はA-1 Pictures。釣りを通して成長していく男子高校生の地球を守る戦いを描いた青春SFアドベンチャー。「釣りでどうやって地球を救うんだ?」と視聴者に一瞬でも思わせたら勝ち。

・第一話


 本作は極めてオーソドックスな青春ドラマである。王道にしてベタ、基本を大切にし、人の心を揺り動かすツボを全て押さえた誰の目にも明らかな良作である。ただし、全体的に小綺麗にまとまっている分、細かな粗が非常に目立つ。そこで、この項目ではあえて欠点を挙げ連ねることによって、本作の特徴を探って行きたい。
 主人公は祖母と二人暮らしの男子高校生。内気で人見知りな性格であり、疑問を覚えても他人に尋ねることはせず、何でもかんでもスマートホンで調べてしまう良く言えば現代的な人間である。家庭の事情で転校が多く、また、緊張すると顔が般若のような変顔になるというコンプレックスがあるため、ずっと友達がいなかった。ところが、新しい転校先の江の島で自称宇宙人のハルと出会い、彼の強引な勧めで釣りを始めて以降、主人公に変革の時が訪れる。以上、本作の主人公はどこを切り取っても分かり易い「ダメ人間」である。少し精神的に未発達な部分があり、自分では制御できないヒステリー症状もあるという歴代アニメの中でもかなり大変な部類に入る。そんな鬱屈した人生を送っていた主人公が、あるきっかけで生まれ変わるのが第一話なのだが、その一気呵成の解放感を上手く表現できていないのが最初の欠点である。転校前と転校後で画面の雰囲気があまり変わらないため、環境変化に対するカタルシスを得られない。しかも、本作の場合は、まず江の島に到着したことで解放され、ハルと出会ったことでさらに解放され、釣りを始めたことで真に解放されるという三つの段階を踏まえる必要がある。演出的にはかなりしんどいと思うが、第一話でそれを表現できていないと、興味を惹き付ける力が弱くなる。つまり、視聴者離れを引き起こして営業的にも苦しくなるということだ。もう少し、転校前のネガティブな学校生活を描きつつ、江の島という地上の楽園の優越感を上手く引き出すことができていれば、もっと視聴者を作品世界へ呼び込めただろう。

・釣り


 ひょんなことから釣りを始めることになった主人公。最初は右も左も分からず失敗だらけだったが、挫折を乗り越え、苦しい練習を積み重ねて徐々に様々な釣りのテクニックを会得し、仲間にも認められていく。それと同時に彼自身の心も成長し、少年は大人になるのだった。というのが、第五話までのストーリーである。何をやらしてもダメだった人間が努力に努力を重ねて一人前になるという成長物語は、やはり万国共通で胸を打つ。特に、昨今は努力否定の風潮が幅を利かせているため、ここまで真っ直ぐなスポ根はかえって新鮮で非常に心地良い。天から与えられた才能だけで突然「覚醒」した人間には絶対に出せない妙味がそこにはある。
 ただ、気になることが一つある。それは「釣りである必要性」だ。第五話までの描写を一つずつ精査して行っても、本作のテーマが釣りでなければならない必然性はあまり見つからない。主人公が釣りを始めた動機は「ハルに洗脳されたから」だし、最初は「釣りなんておっさんがやる物。退屈そう」と言っていた。後に釣りの練習に一生懸命励んだのも、自分の不甲斐なさが「悔しかったから」だ。確かに、初めて魚を釣った時に水中から救出されるようなエフェクトで気持ちがハマった感を描写しているが、実際に釣りを面白いと発言したのはかなり後になってからである。これなら、別に釣りでなくとも野球でもバンド活動でも物語的には大して支障がないだろう。
 そもそも論で、釣りの最大の特徴とは何かと言うと「大自然との格闘」である。コンクリートジャングルの文明社会で暮らす人間を自然と向き合わせ、忘れかけていた狩猟本能を呼び覚ます数少ない遊び。ならば、その点をもう少し強調すべきだったのではないだろうか。主人公は都会の真ん中でIT機器に囲まれて育ったデジタル脳の痩せっぽちな少年。だが、釣りを通して野生の本能を取り戻し、たくましく成長するという話にすれば、もっとテーマを深く掘り下げることができたはずだ。少なくとも、転校前の住所は宮城県大崎市ではなく東京都心にすべきだっただろう。

・萌え


 もう一つ気になったことがある。それは「萌えがない」ことである。いや、別に深夜アニメなんだから可愛い女の子をいっぱい出せとか、男性と女性の立場を逆転させてハーレムにしろということではない。その手のアニメが好きな人は最初から他の作品を見るだろう。ただ、物には限度があって、本作はハーレムどころか主人公と同年代の女性すらほとんど出て来ない。一応、レギュラーに一人だけクラスメイトの女の子がいるが、脇役中の脇役で物語には全く絡まない。基本的には男性四人が絶叫しながら大海原に立ち向かう暑苦しいアニメである。当然、恋愛的な要素は皆無。これは青春ドラマとして考えると由々しき事態である。少年を大人へと成長させる鍵は、目標達成の充実感や同性のボスに対する憧れ、ライバルとの切磋琢磨だけではない。やはり、異性の目という物も必ず必要になる。恋愛に限らずとも、女性にいいところを見せたい、褒められたい、祝福のキスが欲しい、そういった下心丸出しの生々しい感情があって初めて男は本気で頑張れるのだ。仮に女性の視線抜きで成長したとしても、それは本当の意味で大人になったとは言えない。そういう観点において、本作にも四人組の側にいて彼らを見守るマドンナ的存在が必要だったのではないだろうか。ちょうど海の神は女神が多いと言うではないか。ならば、女神のように慈悲深く穏やかな女性(怒らせると怖い)を登場させ、四人組の憧れの存在とするのもいいはずだ。それが視聴者にとっても可愛い女の子ならなお良いという下世話な批判である。

・SF


 第六話以降は物語のテーマが変わり、悪しき宇宙人から地球を守るというSFチックなストーリーになる。先日より江の島では船舶や人が突然消失する「バミューダシンドローム」現象が多発していた。その犯人は、人工の漁礁に隠れ住むハルと同じ星出身の魚型宇宙人。そこで、宇宙人の調査・捕獲を担う国際組織「DUCK」が犯人確保に向かう。だが、自らの手で同胞を捕まえたいハルが彼らと対立する。ここでの欠点は、その対立軸が分かり難いことである。DUCKは武力で宇宙人を捕まえたい、ハルは釣って捕まえたい。手段は異なるが目的は全く同じである。例えば、DUCKは宇宙人を捕まえて実験体にしたあげく残酷に殺してしまうなどのヒューマニズム的な対立があれば分かり易いのだが、ほんわか日常系スポ根である本作にそういったハードな設定はない。目的が同じならば協力し合えばいいのだ。もう少し対立軸を分かり易くして、主人公側に感情移入できるようにしないと、後半のストーリーが締まらないだろう。
 しかし、そんなあやふやな状態のまま話が進み、江の島に古くから伝わる竜退治の伝説に倣って、主人公達が単独で犯人釣りに出発することを決意する。これもまたよく分からない。伝説は伝説であって、今回の事件との関連性に確証はない。単なる思い込みで他人を危険に晒す行為は控えるべきだ。また、ハルなら犯人の洗脳に耐えられるという説明だが、つい先日、無様に洗脳されたばかりなので説得力がない。その後、DUCKのイージス艦の乗組員が犯人に洗脳されるという事件を持って、ようやく主人公達の行動に正当性が生まれる。そう、順番がおかしいのである。竜の伝説は第一話で出してないとおかしいし、イージス艦が乗っ取られるのももっと早い段階でやらないといけない。その上で犯人を釣り上げられるのは主人公達しかいない、主人公に地球の命運がかかっているとするのがセオリーだ。この辺りのストーリー構成の不備が本作における最大の欠点である。

・演出


 本作のジャンルは青春ドラマということになるが、その中でも努力を積み重ねて技能を磨き、皆と力を合わせて一つの目標を成し遂げるという古き良き熱血スポ根ドラマの趣を色濃く残している。ただ、そこからイメージされるような汗臭さ・泥臭さは本作にはない。心優しい街の人々、デフォルメを多用した作画、ポップな色彩、穏やかな音楽、そして、湘南の海の空気感ととにかく爽やかで明るい作風になっており、日常系アニメとして見ても優秀である。こういった「アニメーションでしかできない演出」を惜しみなく地上波で放送しているところに、日本のアニメ業界の懐の深さが伺い知れて気分が良い。
 ただ、ラストの釣りシーンだけは大いに不満が残る。『白鯨』や『老人と海』のように、ちっぽけな人間が広大な大自然に立ち向かう海洋ロマンをやりたいのは分かる。だが、迫力という点で一歩も二歩も遅れを取る。その理由の一つは「船が全く揺れてない」ことにある。嵐の海で周囲の波が大きくうねっているにも係らず、主人公達の乗っている船だけはなぜか微動だにしないのである。大波が船体に被ることもない。もちろん、船を揺らすと作画も大変だし、視聴者が画面酔いするという現実的な問題もあるだろうが、もう少し何とかならなかったのだろうか。波にさらわれないように船を操ることすら困難という極限状態で、さらに幻の巨大魚と戦う。その生と死の狭間にある壮絶なスペクタクル感にこそ人の心をかき乱すポイントがあるのだ。今のままでは低予算のB級SF映画の域を出ないだろう。
 以上、いろいろと欠点を書き連ねたが、近年では珍しいぐらい純粋に青春を謳歌している作品である。昨今は敬遠されがちな挫折や努力もしっかりと描き、周囲の人も善人ばかりではない。登場人物も制作者もみんな真剣に釣りを楽しんでいるので、見ている方も楽しくなる。ギャグの質に関しては人を選ぶが、そこを度外視すれば万人に薦められる良質の作品である。

・総論


 一つ不満があるとするなら、魚はこんなに簡単には釣れないです。

星:☆☆☆☆☆☆☆(7個)
テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:39 |  ☆☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
twitter
検索フォーム
最新記事

全記事一覧
評価別一覧
年代別一覧
掲示板
カテゴリ
リンク
カウンター
RSSリンクの表示



にほんブログ村
PR1
PR2