『Classroom☆Crisis』

設定クライシス。

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Classroom☆Crisisとは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2015年。オリジナルテレビアニメ作品。全十三話。監督は長崎健司。アニメーション制作はLay-duce。宇宙規模の大企業を舞台にした経済ドラマ。原案は『冴えない彼女の育て方』でお馴染みの丸戸史明。放送開始まで詳しい内容を伏せるというプロモーション手法を取ったため、日常系アニメ風の内容を想像していた視聴者から批判を浴びた。

・設定


 時は人類が宇宙にまで進出した近未来。テラフォーミングされた火星の第四東京都霧科市、そこは世界的な航空宇宙メーカー「霧科コーポレーション」の企業城下町である。その傘下の「霧科科学技術学園」には、一風変わったクラスが存在していた。先行技術開発部教育開発室、またの名を「A-TEC」という団体は、日本中から優秀な生徒が選抜され、高等教育を受けると同時に霧科コーポレーションの正社員として日々、新型ロケットの開発に当たっていた。そのクラスの担任教師兼室長である主人公の瀬良カイトは、ロケット分野では知らぬ者はいない新進気鋭のエンジニア。だが、研究のためにはコストを惜しまないやり方は、上層部からの受けが悪く、ついにA-TECの解散が命じられる。はたして、主人公はA-TECとクラスの子供達を守ることができるだろうか?
 うっわ、つまんね……。要するに、本作は『半沢直樹』や『下町ロケット』や『プロジェクトX~挑戦者たち~』のような企業を舞台にした経済ドラマをやりたいわけである。だが、それらが抱える本質的な面白さを本作は全く再現できていない。なぜなら、その手のドラマは、窓際部署や中小企業など普段虐げられている立場の人々が、創意工夫を凝らして大逆転するからこそカタルシスを得られる物なのに、本作の場合は、主人公達の所属するA-TECが物語開始時点で恐ろしく優遇されているからである。エリート高校生を集めて英才教育を行い、最新の設備が用意され、何百億という予算が計上される。研究者にとって天国のような環境で、何の苦労もしていない。しかも、彼らは上の命令を無視して独断で行動したあげく、膨大な経費をかけて開発した新型機を大破させてしまう。これを子供達が勝手にやったのなら、若気の至りということでまだ許せるが、それを指揮した主人公の担任教師は歴とした大人である。それなら、わざわざ高校生を出汁に使わなくとも、最初から窓際部署が舞台で何の問題もない。子供と大人の対比を描きたいのではないのか。はっきり言って、彼らには全く共感できない。共感できない以上、何をやっても面白くない。これは完全なる設定ミスである。こんな基礎中の基礎の段階で躓いていては、先が思いやられる。

・経済


 そんなA-TECに一人の転校生がやってくる。彼こと霧羽ナギサは創業者一族の御曹司であり、高校三年生にして先行技術開発部部長、つまり、A-TECの上司に就任した。彼は予算を食い潰すA-TECに対して、70%のコストカットを宣告し、研究所をプレハブ小屋へと移転させる。さらに、もし三ヶ月以内に成果を上げられないなら即解散という厳しい沙汰を告げる。要するに、彼は典型的な「悪役」なのだが、彼の言葉自体は紛れもない「正論」である。「時間外長時間労働は法律違反」「プロジェクトには正式な手続きが必要」「金がない方が良い物を作れる」など、本来は主人公側が言うべきリベラルな思想を当たり前のように口にする。その正論によってA-TECのこれまでの悪行が全否定される様は、すかっと胸のすく想いがする。カタルシスが得られるという意味では悪くないのだが、その相手が主人公側というのはどうなのか。何かを根本的に間違えている。
 どちらにしろ、これで本作はようやく普通のドラマになったわけである。では、一転して危うい立場に追い込まれた我らが主人公はどうしたかと言うと、最初は落ち込んでいたが、インタビュー番組の「過去にした自分の発言」に影響されてやる気を取り戻す。深夜アニメ特有の自己完結、ここに極まれり。そして、一念発起した主人公は、不当な待遇を訴えて労働組合に泣き付く。金喰い虫の部署が労組に救済を乞うなど前代未聞だが、それに対して会社側は、主人公を管理職に昇格させて組合活動を阻止するという労基に知られたら一発アウトの強硬手段に出る。すると、主人公はその立場を上手く利用し、稟議書を小出しにすることで予算を獲得するという裏ワザを用いてA-TECを存続させる。こ、これが経済ドラマなのか? お互い、やっていることがどうにもケチ臭く、子供のケンカレベルである。とてもじゃないが、最先端の科学技術と何百億という大金を賭けて争っているようには見えない。完全に忘れられているが、今回の一件で最も被害を受けているのはA-TECの子供達ではなく、間違いなく少ない予算をやりくりして一生懸命に働いている他の社員達だろう。心中をお察しする。

・キャラクター


 本作の最大の問題点、それは登場人物の思想信条が場面場面でコロコロと変化することである。キャラクターの思想に沿って物語を作るのではなく、予め定められた物語にキャラクターを無理やり当てはめているからそうなる。その中でも一番酷いのが主人公だ。熱血馬鹿と言えば聞こえはいいが、その場その場の思い付きで言葉を発しているようにしか見えないぐらい主張に一貫性がない。「社員を家族と思え」が信条かと思えば、「どれだけコストがかかってもイノベーションが大事」と正反対のことを言い、それを転校生に批判されると「その気になれば効率良くやれる」と生徒に言わせて開き直り、最終的には「顧客が一番大事。皆が笑顔でいられる物を作る」と心にもないことを平気でのたまう。申し訳ないが、本作には顧客と呼べる中立の人間は一人も出て来ない。完全に自分の趣味趣向のために物作りをしている。描かれないと言えば、終盤になると主人公はやたらと「自分達は今まで成果を上げてきた」と自己擁護するが、そのようなエピソードは一つもない。どこの国の政治家か。
 担任教師がその調子なら、クラスの子供達も酷い。各キャラクターの背景が全く描かれないせいで個性の欠片もなく、何を考えているのかも分からない。生まれ持ってのエリートだからか、A-TECの縮小が発表されるや否や逃げ出したり、転校生に対して集団イジメを行ったりする等、普通に性格も悪い。何より、宇宙やロケットを愛する心が全く伝わって来ない。
 なぜ、このように残念な事態になっているのか? 本ブログの読者なら造作もなく答えられる設問だろう。そう、「生活」がないのである。彼らは高校生であると同時に相応の給与を得ている正社員だが、それで生計を立てているという描写は一つもない。おそらく親元を離れて寮生活しているのだろうが、自分の稼いだ金で自活しているというわけではない。ということは、彼らの行っている研究開発はバイト感覚、もしくは「遊びの延長」に過ぎないということだ。サービス残業の案件が微妙な扱いにしかならないのも、彼らにとってそれは楽しい遊びだからである。もし、ちゃんと業務活動として物作りをしていたら、予算の浪費などをせず、もっと真剣に取り組んでいただろうし、主張も一貫して言葉に説得力が生まれただろう。地に足が付かないただのマネーゲームほどつまらないドラマはない。

・ストーリー


 さて、実際のストーリーはどうなったかと言うと、A-TECのクラスメイトに感化された転校生は、霧科コーポレーションに対する戦いを決意する。内情は上記の通りなので、何に感化されたのかさっぱり分からないが、どうやら呑気な学生生活に憧れを抱いたらしい。まぁ、元々、転校生は創業者一族に対する復讐心があり、A-TECを潰そうとしたのはあくまで彼らの命令に従って出世するためだったので、良いきっかけになったということなのだろう。ただし、この辺りの心境の変化が非常に曖昧なのは、物語的に大きなマイナスポイントであるのは間違いない。
 その後、転校生は国政選挙を上手く利用して部長である兄を失脚させ、自分は常務に昇格する。会社に対して多大な損害を与えたのになぜ昇格するのか意味不明だが、本人は全く気にしない。案の定、それは社長の策略で、この度、社内に軍事部門を設立する運びになっており、そのリーダーに転校生を、エンジニアに担任教師を任命することが決まっていたのだ。動揺する転校生。ただ、これは軍事技術が悪であるという現代の一般的な価値観に基づいているからであって、本作中の転校生の価値観が分からない以上、この展開は適当ではない。このストーリーを成立させようと思ったら、戦争に対して何らかのトラウマがある等、転校生や担任教師の軍事アレルギーを明確に描写しなければならないだろう。そうこうしている内に、転校生は発狂した兄に刺されて拉致され、それをA-TECの面々が助けに行き、ついでにその様子を社長にプレゼンすることで存続を認めさせようとするという無茶苦茶な流れに辿り着く。この世界の人権意識はどうなっているのか。そもそも、この展開だと普通は担任教師が事件の黒幕になるだろう。ちなみに、Wヒロインの片割れが実は創業者一族の生き残りだったというサプライズがあるが、あってもなくても大して変わりない。ただ単に無駄な三角関係が発生して話がややこしくなるだけだ。
 こんな感じで、一々批判していてはスペースが足りないぐらいグデグデのストーリーである。まず、担任教師は存在自体がいらないし、Wヒロインも一人で十分。A-TECはアニメらしい部活ノリで全然構わないが、顧客の幸せのために技術を使うという点を強調し、その思想に感銘を受けて悪役だった転校生が改心する。そして、皆で協力して会社に立ち向かう。こういったシンプルなストーリーにしておけば、よりテーマを明確にできただろう。作劇の基本は引き算であることをもう一度確認すべきだ。なお、最終的にこの物語がどうなったかと言うと、A-TECは霧科グループから独立して新会社を設立する。経済ドラマのセオリーを無視する超展開に加え、教え子達の最終学歴はめでたく「中卒」である。ここまで共感できない主人公も珍しい。

・総論


 アニメという媒体を使って、複雑な経済ドラマを分かり易く変換しようとした意気込みは買うが、根本的な部分が話にならない。少々厳しいが、こういった作品が今後のスタンダードにならないよう、低評価とする。

星:★★★★★★★★★(-9個)
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テーマ: アニメレビュー -  ジャンル: アニメ・コミック
by animentary  at 10:19 |  ★★★★★★★★★ |   |   |  page top ↑

『ガンパレード・マーチ ~新たなる行軍歌~』

生きる。

公式サイト
ガンパレード・マーチ ~新たなる行軍歌~ - Wikipedia
ガンパレード・マーチ ~新たなる行軍歌~とは - ニコニコ大百科

・はじめに


 2003年。ソニー・コンピュータエンタテインメント制作のPSゲーム『高機動幻想ガンパレード・マーチ』のテレビアニメ化作品。全十二話。監督は桜美かつし。アニメーション制作はJ.C.STAFF。幻獣と呼ばれる謎の生命体によって壊滅的な被害を受けた架空の日本を舞台に、少年少女が命を懸けて戦うSFアクション。原作は、練り込まれた設定と自由度の高いシステムが評価され、TVゲームとして初めて星雲賞を受賞した。本作はそれをテレビアニメ化した作品であるが、より人間ドラマを重視した作りになっている。

・設定


 第二次世界大戦末期、突如として謎の生命体「幻獣」が地上に出現し、人類は壊滅的な損害を被った。世界各国は共同戦線を張って幻獣に対抗したが、圧倒的な物量の前に敗北し、徐々に前線を後退させていった。時は流れ、二十世紀終盤、人類の居住可能地域は日本を含む極一部地域だけになっていた。深刻な戦力不足に見舞われた日本は、学生徴兵法を発令して、人型戦車HWTと決戦兵器PBEの運用に素養がある子供達を強制的に徴兵した。その内の一人、高校生の速水厚志は激戦地である熊本の5121部隊に配属され、同じ境遇の仲間と共に日々、幻獣との戦いを続けるのだった。
 架空の歴史に基づいた架空の現代日本を舞台にした戦記物は、別段珍しいジャンルではないが、ここまでシリアスな境遇に置かれた作品は数少ないのではないだろうか。全世界の大半を謎の生命体に奪われ、人類は滅亡寸前。学生を徴兵しないといけないほど追い込まれ、水際での激戦を繰り返している。技術革新により何とか幻獣と互角に戦えるところまでは漕ぎ着けたが、それでも次から次へと押し寄せる敵に防衛が精一杯。このままでは確実に敗北が待っている。と、恐ろしいまでの絶望感に包まれている。それはつまり、物語の緊迫感が増して訴求力が高まるということであり、間違いなく作品全体の質の向上に一役買っている。
 ただし、その分、科学面での設定的な弱さが随所に見られるのは否めない。本作の日本は、我々の住んでいる現代社会とほとんど一緒だ。経済も流通も十分に機能し、娯楽施設が充実し、子供達は毎日呑気に学校へ通う。しかし、これほどまで絶望的な状況で本当に文明が適切に発達するのだろうか。ヨーロッパはとっくの昔に崩壊しているのだから、ある意味、江戸時代の鎖国と同じような状況である。膨大な軍事費が予算を圧迫し、資源もない。これでは成長しろと言う方が無理である。もう少し退廃的な軍事独裁国家になっていてもおかしくない。もっとも、戦争が科学を発達させるという側面もあるため、一概に間違っているとは言えないのかもしれない。劇中でも、人型戦車や決戦兵器などの軍事技術がオーバーテクノロジー化しているのに対して、生活家電が七十年代程度で止まっているのが面白い。そういった小さなこだわりが見られるアニメは純粋に楽しい。

・サバイバル


 さて、そんな科学考証の弱さを吹き飛ばすのが、本作の圧倒的なミリタリー描写である。主人公が所属している軍隊、及びその軍事行動が細部まで綿密に描かれ、非常にリアルで説得力がある。主人公達がどんなに戦闘で活躍しようと、結局は軍隊の駒の一つに過ぎず、大勢に影響を与えない。彼らの上には巨大な組織が君臨し、命令は上から下へと一方的に伝達されるのみで、決して逆らうことはできない。個々の役割分担が明確で、システマティックに効率良く行動することができるが、その代わり個人の感情が介在する余地がどこにもない。戦術一つを取ってみても、作戦が的確で決して功を焦らず、戦況不利と見てからの撤退も早い。そういった軍事的な背景がしっかりしているからこそ、人型戦車などといった現実的にあり得ない物が画面に登場しても、何となく「それっぽい」感じを作り出せる。空想と現実の融合はアニメーションの最も得意とするところだ。
 では、ミリタリーを綿密に描くことで何が起きるのか。それは「戦争」のリアリティの向上である。本作は、キャラクター重視の深夜アニメにしては珍しく正面から戦争と向き合った作品である。すなわち、死が日常のすぐ隣にあるという異常性を包み隠さず描いているということだ。主人公達の部隊は、物語開始時点ですでに一人の戦死者を出している。彼の死は主人公達の深い心の傷になっており、彼の一周忌には精霊流しをして明日をも見えぬ自分達の無事を確認し合う。また、敵がいつ襲ってくるか分からないため、気軽に外出することさえできない。休みは交代制。楽しい学校行事をしている最中に出動がかかることもある。そして、第五話という非常に早い段階で、主要キャラクターの内の一人が戦死する。これはかなり衝撃的な展開だ。昨今、ミリタリーを名乗った萌えアニメは続々と増えているが、ちゃんと適切な状況で適切に登場人物を殺せる作品はほとんどない。ここを躊躇して無駄に生き残らせてしまうと、絶対に戦争の悲惨さは描けない。例えば、『ストライクウィッチーズ』や『艦隊これくしょん -艦これ-』で、どんなに悲惨な状況を描こうとも、全く絶望感のないお気楽戦争物にしかならないのは、そういった点が欠けているからだ(艦これは劇中で戦死者が出ても、すぐに忘れ去られる)。本作は物語の前半でそれをやることで、後半の展開に深みを加えることに成功している。

・日常


 学園とミリタリーの融合、この難題に挑戦して自爆するアニメが後を絶たない。何回も書いているが、学園が平和や日常の象徴であるのに対して、ミリタリーが戦争や非日常の象徴であるからだ。全く性質が異なる物を一つにするのは、人並み外れたセンスの持ち主でなければできるはずがない。そうでない者が行うと、日常パートと戦闘パートが解離し、どちらに対しても中途半端で地に足が付かない物が出来上がってしまう。最近はその状況を逆手に取り、普通の学園日常物と見せかけておいて、途中で突然路線変更してハードな戦争物に移行するといういわゆるジャンル詐欺的な作品も目に付くが、所詮は反則技だ。そう何度も使える物ではない。
 一方、本作は学園とミリタリーを高いレベルで融合させた数少ない成功作である。だからと言って、特に変わったことをやっているわけではない。日常パートはどこにでもある普通の学園物で、同年代の男女混成グループが陽気に馬鹿騒ぎするだけ。むしろ、他のアニメよりも雰囲気が明るいぐらいだ。では、何が違うのかと言うと、前述した濃密なミリタリー描写の存在である。主人公達の周囲を取り囲む硬質な軍隊と悲惨な戦争を事前にしっかりと描いているため、彼らがどんなに悪ふざけをしようとも、常に黒い影が背後に付きまとう。時にはその影が日常に侵食して邪魔をする。例えば、くだらない雑談をしている時にふと戦死した仲間の口癖を口にしてしまい、場が凍り付く。幼稚園児のために人形劇をやろうとすると、開幕直前に出動がかかる。また、キャラクターにしても、本作の登場人物は他作品と比べて特別に個性的というわけはない。しかし、命を懸けて一緒に戦った「戦友」であるため、キャラクターに対する思い入れが強くなり、結果的に日常パートも盛り上がる。それは逆もしかりで、大切にしたい楽しい仲間だからこそ相乗効果で戦争シーンも盛り上がる。このように、日常はあくまで非日常の裏返しであり、両者が密接に係り合っているからこそ、より人間関係がフォーカスされるのである。
 ただ、一点気になるのは、戦争行為が常態化するとむしろそちらが日常になり、日々の生活の方が非日常になるのではないかということだ。これは、俗に言う日常系アニメが冷静で残酷な現実から逃げるために狭い空間に閉じ籠もっている様を日常と称している違和感と共通する。本来は通常の学生生活の方が日常のはずだ。この辺りの矛盾にどう落とし前を付けるかが、制作者の腕の見せ所になる。

・恋愛


 本作のメインストーリーは、優柔不断な主人公と意地っ張りなヒロインの恋愛劇である。お互い、心の中では惹かれ合っているが、プライドが邪魔をして口には出せずに気持ちがすれ違うという、今となっては天然記念物のような古臭いストーリーである。別にそれ自体は悪いことではないが、本作の場合は本当にそれしかない。戦争物なのに敵との戦闘がストーリーに絡むことはなく、最終回で初詣の最中に告白して終わりという何とも呆気ない結末を迎える。普通に考えると、作品ジャンルを完全に無視しているのだから、致命的なマイナス要素になるはずだ。しかし、意図的にそうしていると考えると、なるほど、様々な物が見えてくる。
 なぜ、恋愛をメインに据えているかと言うと、それが最も人間らしい行為であるからに他ならない。劇中では、正体不明の凶悪な敵との戦いがもう五十年も続いている。地球上のほとんどの地域が壊滅し、将来、自分達もそうなるのはほぼ確実。それでも一縷の希望を信じて戦い続ける。そんな状態が人間らしくあるはずがない。だからこそ、その不自然さを強調するために、あえて最も人間らしい行為を中心に描いているのだ。それも使い古されたどこにでもあるような普通の恋愛ドラマ。男と女が出会い、恋をし、家庭を作り、子を育てるという普通の人生。ここで上の話に戻るなら、殺伐とした戦争が日常なのではなく、こちらこそが本当の日常だと訴えているのである。と同時に、謎の侵略者には絶対に屈しないという強い意志、こんな馬鹿げた戦争を早く終わらせて元の平穏な日々に戻りたいという反戦の心、それらはどんなに優れた施政者の演説よりも普通の恋愛劇を描いた方が何百倍も心に響くということも伝えている。
 ラストシーン。2001年、二十一世紀初めての新年を迎えた熊本の神社には、多くの参拝客が詰めかけている。皆が笑顔。テレビのリポーターの言葉が耳に残る。「絶えず幻獣の脅威に晒されているにも関わらず、いえ、だからこそと言うべきでしょうか、熊本は今、喜びに湧き上がっています」我が国最大の激戦地の一つ、それでも人々は楽しく日常を過ごしている。

・総論


 ロボットアニメとして見ても一流なのに、それを捨ててまで普通の恋愛ドラマにこだわった生き様には拍手を送りたい。また、本文には入れられなかったが、行進曲風のメインテーマ曲の使い方が抜群であることも追記しておく。

星:☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9個)
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by animentary  at 10:36 |  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆ |   |   |  page top ↑
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